更に誤解のないように
「最近はやりのピリオド」と書いてますのは、現代楽器を使ったオーケストラを当時の奏法
で演奏させている事を指しています。「ピリオド楽器使用」と言う場合ならば、当時の楽器を
使用するという事になり、その前に述べた演奏になります。これは、HIP(Historically Informed
Performance) ですね。
「最近はやりのピリオド」と書いてますのは、現代楽器を使ったオーケストラを当時の奏法
で演奏させている事を指しています。「ピリオド楽器使用」と言う場合ならば、当時の楽器を
使用するという事になり、その前に述べた演奏になります。これは、HIP(Historically Informed
Performance) ですね。
二つ前にエステルハージ家のオーケストラを13人と書きましたが、これは最少人数の場合で、13人~25人の
間であったとの事です。又、1796年再びエステルハージ家に雇われる前に、イギリスで指揮していたオーケス
トラは40人程度の編成であった様です。
さて、ハイドンがどの様な音楽を意図していたかを考えると言う事は、何も「ハイドンが演奏したそのままの音を出さねばならない」という事ではありません。それなら、楽器は全部古楽器を使用し、合唱の人数も半分以下に減らし、演奏会場も小さなものにしなければならないでしょう。また最近流行のピリオド奏法も、楽器は現代の楽器を使用しますが、演奏方法を当時のものと思われるものにする(ヴィヴラートを無くす、速度を速めに等)というのでは、苦肉の策に思われます。(それは現代楽器には過酷な事になるからです)
更に、ハイドンの時代にハイドン以外の演奏家たちがハイドンの曲を演奏したら、果して同じ音楽になったでしょうか?また、ハイドンの「戦時のミサ」に二つの楽譜が有るのですがこれはどう考えればよいのでしょう?
作曲家は自分の意図した音楽を音にする為に、楽器を選び、オーケストレーションを行い、それを楽譜として残します。しかし、それはあくまでも設計図でありレシピです。それを、どう解釈するかは演奏家に委ねられます。もし作曲家自身が指揮をしたとしても、同じ演奏を二回する事は無いでしょう。作曲家自身が変化するからです。フォーレはレクイエムを最初小編成の(ヴァイオリンを含まない)オーケストラで書きましたが、後に大編成のオーケストラに編曲し、本人も納得しています。(最近これをわざわざ元に戻そうとする人がいますが、その中の一人であるフォーレ研究家でさえ、自分の著作の中で、作曲家自身がOKしている事を書いています)
ただ、演奏家に委ねられると言う事は、勝手にして良いと言う事では有りません。そうでないと、何とも面妖な演奏が生まれてしまいます。そういった事を避ける為にもハイドンの意図した音楽を考える事が大事だと言う訳です。
さて今回、「戦時のミサ」を演奏するにあたって、どの様にアプローチするかと言う事について述べておきたいと思います。最近、研究が進み、演奏された当時、どの様な演奏をしていたかを考えた演奏が増えています。「ピリオド奏法」という言葉を聞いた事は有りますか?「19世紀以前のオーケストラにはヴィヴラートはかかっていなかったので、その様に演奏する」のが特徴の様です。正直な所、これには余り賛同しようとは思いませんが、ハイドンがどの様な音楽をイメージして楽譜にしたのかは考えてみるべきだと思います。
まず、オーケストラのサイズですが、これはエステルハージ家のオーケストラ(13人編成)を考えると大きくとも20程度までだった筈です。ただし、ハイマートが100人の合唱であり、ホールが1000人程度のキャパである事から、30人程度のオーケストラが必要でしょう。(これは今回は問題無いですね。)
次に発音ですが、時代と演奏場所から考えると、ドイツ式の発音であるべきです。以前、ベートーヴェンのハ長調ミサをイタリア式でと指示しましたが、あれは前期に明らかにイタリア式で発音させる指揮者が合同ステージを振る事が決定していたからです。昨年フランス式でも歌えたのですから、ドイツ式の方が遥かに楽でしょう。三ケ尻さんのミサ発音の教本でも、まだ多少問題点は有りますので、コツは書いて行くつもりです。
発声ですが、日本人だからという考えはしないで下さい。よく「西洋人の咽喉は強いから真似してはいけない」と言いますが、実際、向こうのオペラハウスでは「日本人の方が声のコンディションが常に安定している」などと言われたりもするのです。声を潰す代名詞の様に言われるヴァーグナーの楽劇でも向こうで歌ってる日本人が結構います。寧ろ、ハイドンの合唱を歌ったのはアマチュアでは無かった事を念頭に置いて下さい。しっかり発声練習しておいて下さいね。
「パウケンミサ」という名前は終曲でティンパニが効果的に使われているからですが、
もう一つの名前「戦時のミサ」と聞いて、反戦に結び付けるのは(○塊の世代みたいで
すが)間違いです。そもそもこの曲が書かれた時期のウィーンは、イタリア方面から攻
め上って来たナポレオンが、すぐそこまで迫って来ている状態ですので、「戦勝祈願」
の意味が強いのです。丁度良い例がプッチーニのオペラ「トスカ」の1幕最後。ナポレ
オンが負けたというニュースで、祝いのミサが行われます。そこで歌われるのがなん
と「テ・デウム」。まあ、攻められる方から見ればナポレオンは侵略者ですし、それを打
ち破る事を祈るのは当然な訳です。
ハイドンはこの曲を書いたとされる1796年には、大成功をおさめていたイギリス演
奏旅行から帰り、以前仕えていたエステルハージ家に再び雇われていました。ここで
二クラウス2世に命じられたのが年に1度、夫人の聖名祝日にミサ曲を書く事。どこか
で聞いた事が有る人もいますね。そう、ベートーヴェンのハ長調ミサも、この続きで注
文されたものでした(1807)。
ここで書かれたのが、戦時のミサ、ハイリッヒミサ、ネルソンミサ、テレジアミサ、天地
創造ミサ、ハルモニーミサの6曲です。今までにハイマートで取り上げていないのは
「天地創造ミサ」だけですね。これも素晴らしい作品ですので、一度は聞いてみて下さ
い。
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